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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)10729号 判決

原告 トヨタ東京カローラ株式会社 外一名

被告 梶本忠恒

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告トヨタ東京カローラ株式会社(以下、原告カローラという。)に対し金一九三万七〇七二円及びこれに対する昭和五〇年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告トヨタ東京オート株式会社(以下、原告オートという。)に対し金六三万四三二六円及びこれに対する昭和五〇年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告カローラは、訴外マツダ工業株式会社(以下、マツダ工業という。)に対し、五四万五九五八円の損害金債権を有している。

(一) 原告カローラは昭和四九年三月一五日、マツダ工業に対し、自動車二台、すなわち品川五六な二一〇四・トヨタ四九年式・KE二〇-一六六〇八六五及び品川五六な二一〇五・トヨタ四九年式・KE二〇-一一三四五三一を左の条件で貸渡した。

(1)  契約期間

昭和四九年三月一五日から昭和五一年三月一四日まで

(2)  リース料

一か月 九万三〇〇〇円

(3)  リース料金の支払を一回でも怠つたときは催告を要することなく契約を解除することができる。

(4)  契約が解除されたときは、契約時の車輛価格と諸費用及びこの合計額に対する契約成立の日から解除の日までアドオン年九パーセントの割合による金員並びに経過期間に対するメンテナンス料の総合計額から既に支払われたリース料金と返還時の車輛の査定価格の合計額を控除した額を損害金として支払うこと。

(二) マツダ工業は昭和五〇年七月分のリース料金の支払を怠つたので、原告カローラは同年八月一四日右リース契約を解除した。

(三) 契約時の車輛価格は一二五万一二二〇円、諸費用は五一万三四二〇円、右合計額に対する契約成立から解除までアドオン年九パーセントの割合による金員は二二万四九九二円、経過期間のメンテナンス料は四二万五三二六円、既払リース料(一五回分)は一三九万五〇〇〇円、返還時の車輛価格(二台)は四七万四〇〇〇円であるから、前記約定に基づいて計算すると契約解除による損害金は五四万五九五八円となる。

2  また原告カローラはマツダ工業に対し、一三九万一一一四円の損害金債権を有している。

(一) 原告カローラは昭和四九年五月三一日、マツダ工業に対し、自動車四台(品川五六に七八〇八・トヨタ四九年式・KE三〇-三五二四七三、品川五六に七八〇九・トヨタ四九年式・KE三〇-三五二六六八、品川五六に七八一〇・トヨタ四九年式・KE三〇-三五三〇六五及び品川五六に七八一一・トヨタ四九年式・KE三〇-三五三一四九)を左の条件で貸渡した。

(1)  契約期間

昭和四九年五月三一日から昭和五一年五月三〇日まで

(2)  リース料

一か月一八万八〇〇〇円

(3)  その他の条件

1の(一)の(3) 、(4) と同じ。

(二) マツダ工業は昭和五〇年七月分のリース料金の支払を怠つたので、原告カローラは同年八月一四日右リース契約を解除した。

(三) 契約時の車輛価格は二五七万六〇〇〇円、諸費用は一一一万五七二〇円、右合計額に対する契約成立日から解除までアドオン年九パーセントの割合による金員は四一万五三一九円、経過期間のメンテナンス料は七〇万三〇七五円、既払リース料(一三回分)は二二四万四〇〇〇円、返還時の車輛価格(四台)は一一七万五〇〇〇円であるから、前記約定に基づいて計算すると契約解除による損害金は一三九万一一一四円となる。

2  原告オートはマツダ工業に対し、六三万四三二六円の損害金債権を有している。

(一) 原告オートは昭和四九年七月二二日マツダ工業に対し、自動車二台(品川四四も八七五三・トヨタ四九年式・RN二〇JD・RN二〇-〇六三三八七及び品川四四も八七五二・トヨタ四九年式・RN二〇JD・RN二〇-〇六三四〇五)を左記条件で貸渡した。

(1)  契約期間

昭和四九年八月二日から昭和五一年八月一日まで

(2)  リース料

昭和四九年一〇月から昭和五一年九月まで毎月末日限り一〇万二〇〇〇円ずつ支払う。

(3)  リース料金の支払を一回でも怠つたときは、催告を要することなく契約を解除することができる。

(4)  契約が解除されたときは、基本額(一八一万四五〇〇円)から、逓減月額(六万二六八六円)にリース料金の支払をした月数を乗じた金額を控除した金額を損害金として支払う。ただし、自動車が返還されたときは、その査定価格を控除するものとする。     (二) マツダ工業は昭和五〇年七月分のリース料金の支払を怠つたので、原告オートは直ちに右リース契約を解除した。

(三) リース料金は九か月分支払われており、返還を受けた自動車の査定価格は六一万六〇〇〇円であるから、前記約定に基づく損害金は六三万四三二六円となる。

4  ところでマツダ工業は、昭和四九年二月八日、訴外松田税を代表取締役、被告らを取締役として設立された会社である。

右松田は、マツダ工業設立までの約一〇年間、自動車の洗車機械の販売に従事していた者であるが、洗車機械を被告が代表取締役をしている訴外梶本機械工業株式会社(以下、梶本機械という。)の子会社に製作させたことから被告と知り合い、両名は松田の販売力と梶本機械の製作力及び資金力を結合させ、相協力して洗車機械の販売事業を行うために、梶本工業の製作する洗車機械及び自動車関連機器の販売と賃貸を主たる営業目的とするマツダ工業を設立したものであつて、出資は松田と被告が半々とし、設立後の運転資金はすべて梶本機械で面倒をみる約束であつた。

マツダ工業は梶本機械に洗車機械を一台二〇万円で製作させ、これを四〇万円で販売していたが、梶本機械はマツダ工業の設立間もないころから直接に洗車機械を販売させてもらいたいと申入れ、少なくとも静岡以西は梶本機械に任せるよう強く要求するとともに、マツダ工業に無断で各石油会社に対し、マツダ工業を通さないで直接販売させてもらえないかと交渉したりした。また梶本機械は前記約束に反して、運転資金の融資を急速に引締めたのでマツダ工業の資金繰りは窮迫した。

更に松田はマツダ工業の経営を独断専行し、取締役会は開催せず、公私混同の放慢経営を続けた結果、マツダ工業の経理内容は急速に悪化し、昭和四九年一一月に会社設立から同年一〇月末日までの決算をしたところ、約一二〇〇万円の赤字となり、早晩倒産を免れ得ないような状態となつた。

すると被告は松田に対し、右の赤字を出したのは二人の責任であるから、責任をとる意味で二人で取締役を辞任しようと提案するとともに、右の辞任は形だけのもので、このような姿勢を示せば他の社員も納得するであろうから、そのときにはまた復帰することにして、それまで一時自宅で待機していてほしいと説明したので、松田はこれに同意し、辞任の形をとつた。

そして被告は松田に何の相談もせずに、直ちにマツダ工業に知人の大島直義と梶本機械の社員である水高篤志及び三谷敏夫の三名を取締役として送り込んだ。

右三名はマツダ工業がそれまでに締結していた一五〇台以上の洗車機械の賃貸契約を梶本機械を貸主とする契約に改めるとともに、マツダ工業が有していた一〇〇〇万円以上に及ぶ売掛金を回収し、これを他の債権者を無視して梶本機械に入金し、この取立が完了すると不渡を出して昭和五〇年七月マツダ工業を倒産させてしまつた。以後梶本機械は現在に至るまで洗車機械の販売及び賃貸業を継続し利益を得ている。

原告らはマツダ工業の倒産により前記損害金の支払を受けることができなくなり、同額の損害を被つた。

5  右の被告の一連の行為をみると、被告は最初から松田を利用し、同人の有している洗車機械に関する各石油会社に対する信用力及び既得権を梶本機械が取り上げてしまうことを意図していたことは明らかであり、被告は積極的にマツダ工業を倒産させ、これにより原告らに損害を与えたものである。

また取締役は代表取締役の業務の執行全般につき監視すべき義務を負うものであるが、被告は取締役としての右義務を怠つた結果、代表取締役松田の独断及び放慢経営を看過し、設立後一年を経ずしてマツダ工業が倒産せざるを得ないような状態に落し入れてしまつた。被告の右義務違反には少くとも重大な過失がある。

したがつて商法二六六条の三により、被告は原告らの受けた損害を賠償すべき義務がある。

なお被告は昭和四九年一〇月三一日にマツダ工業の取締役を辞任したと主張しているが(後出)、辞任の登記は昭和五〇年一月七日にされているから、この以前に取締役でなくなつたことを主張することはできない。またそもそも右登記は松田の意思によるものではなく、被告がマツダ工業の代表印を冒用してしたものであるから無効であり、被告は現在においてもマツダ工業の取締役でないと主張することはできない。

6  マツダ工業の昭和五〇年二月一〇日開催の臨時株主総会において大島直義、水高篤志、三谷敏夫の三名が取締役に選任され、また同日開催の取締役会で大島直義が代表取締役に選任されたとして、同年二月二一日付でその旨の登記がされているが、右株主総会は実際は開催されていない架空のものであり、右登記は無効であつて右三名はマツダ工業の役員ではない。

被告はマツダ工業から松田を追い出し、マツダ工業の仕事は乗つ取る目的で腹心の前記三名をマツダ工業の取締役として送り込んだのであるから、同人らがマツダ工業の役員として登記されるに至つた経緯は十分承知している。

被告は、大島直義がマツダ工業の代表取締役ではなく、したがつて同社の業務執行の権限のないことを知りながら、大島、水高及び三谷と共謀して、マツダ工業の洗車機械のリース契約の貸主を梶本機械に変更させるとともに、洗車機械の所有権も梶本機械に移してしまい、業務の承継が完了するやマツダ工業を倒産させてしまつた。

被告らの右違法な行為によりマツダ工業は無資産となつて倒産し、原告らは前記損害を被つたのであるから、右損害と被告の右行為との間には因果関係がある。

したがつて被告は民法七〇九条によつても右損害を賠償する責任がある。

7  よつて被告に対し、原告カローラは一九三万七〇七二円、原告オートは六三万四三二六円及びこれらに対する訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1項ないし3項は知らない。

2  同4項のうち、マツダ工業が昭和四九年二月八日に設立され、松田が代表取締役、被告が取締役に就任したこと、被告が梶本機械の代表取締役であること、梶本機械の製作力と松田の販売力とを結合させて洗車機械の販売を目的とした新会社を設立することになつたこと、マツダ工業が梶本機械の製作する洗車機械及び自動車関連機器の販売と賃貸を主たる営業目的とする会社であること、松田がマツダ工業の経営を独断専行し、取締役会を開催せず、公私混同の放慢経営を続けた結果、同社の経理内容が悪化したこと、マツダ工業の昭和四九年一〇月末日までの決算が赤字であつたこと(ただし赤字額は約三一〇〇万円余であつた。)、被告が昭和四九年一〇月三一日付で取締役を辞任し、松田が昭和五〇年一月一三日付で取締役を辞任したこと、大島直義、水高篤志、三谷敏夫の三名が取締役となつたこと(なお水高は松田の了解のもとに被告の代りに常勤取締役として就任したものである。)、水高、三谷が梶本機械の社員であること、マツダ工業が昭和五〇年七月に倒産したこと、梶本機械が現在その業務の一つとして、洗車機械の製造及び販売等をしていることは認める。松田の経歴は知らない。その余の事実は否認する。

3  同5項のうち、原告主張の登記がされていることは認めるが、被告が計画的にマツダ工業を倒産させたこと、マツダ工業の代表印を冒用したことは否認する。

以下述べるとおり、被告には取締役としての任務懈怠はなく、悪意又は重過失もない。   (一) 被告はマツダ工業の設立に際し、固辞したにもかかわらず「名前だけでも」との懇請を受けて、非常勤取締役に就任した。

(二) 被告は非常勤取締役の一人として、かつ株主であり製造メーカーである梶本機械の代表者すなわち債権者の一人として、マツダ工業の営業状況及び松田の業務執行を注目し、監視していたところ、放漫経営の疑いを抱くに至つた。

すなわち、同人の従前経営していたイースタン販売の債務の支払のためにマツダ工業の手形を振出したり、実際の金額と異なる領収証を発行したり、手形を振出していること、交際費の出費が異常に高額であること、経費の節減、人員の適正な配置等不況対策を講じないこと、実際には販売していないのに販売されているように見せかけるために月末の締切日間際に多数の台数の出荷をすること、販売できていないにもかかわらず各スタンドに洗車機械を置いてあること等の事実が判明した。

そこで被告はその都度松田を呼び出し、また同人が梶本機械に来所するごとに、背任行為に当たる旨警告するとともに経営を合理化するよう注意し、その間昭四九年五月ころには自由に代表者印を使用させることは危険であると考えて、これを梶本機械の経理に保管させてその使用をチエツクさせるなどの処置を講じていた。原告主張のようにマツダ工業の運転資金はすべて梶本機械で面倒をみるという約束はなかつたものの、梶本機械が事実上援助し、マツダ工業に貸付けた金員は各月約五〇〇万円に達し、また売掛金も各月三〇〇万円ないし五〇〇万円であつたから、梶本機械のマツダ工業に対する債権はマツダ工業設立後半年もたたないうちに総額約五三〇〇万円にも達することとなつた。かつ、マツダ工業の支出金、費用等の関係については遠隔地に居住する非常勤取締役としては統率し得ないことを考えて、同年一〇月被告は松田に対し、マツダ工業の内部を管理させるため梶本機械の社員水高篤志を常勤取締役として加入させ、被告は辞任する旨伝えたところ、松田もこれを積極的に要望し、了解したので、被告は同年一〇月三一日付で辞任し、その後水高が常勤取締役に就任したものである。

(三) 本件のような経営規模及び経営実体にある会社において、しかも遠隔地にある非常勤取締役に、原告主張のような代表取締役の業務執行全般についての監視、監督すべき義務が存するか問題であるが、仮に義務が存するとしても、以上の経緯に鑑みれば被告のとつた措置は非常勤取締役として適切であるばかりでなく、遠隔地にある取締役の任務の遂行としては最大限の処置であり、その任務の懈怠はない。

(四) 原告は、被告が計画的にマツダ工業を倒産させたと主張するが、全く事実に反する。マツダ工業が倒産に至つた直接の原因は、松田の違法行為、妨害行為と原告らの行為の結果である。

すなわち、松田は赤字経営の直接の責任者としてマツダ工業の経営再建に協力すべきであるにもかかわらず、後述の事情で取締役辞任後ことさら株主総会不招集に因縁をつけて社内を混乱させて業務を妨害し、外部に対しては新聞に公表するなどして信用を失墜させ、更にみずから別に事務所を設けてマツダ工業という名称で事業を始め社員を引抜くなどの行為をし、マツダ工業の営業活動を事実上不可能にさせたこと、原告らがリース料金の支払が何ら滞つていないにもかかわらず自動車を昭和五〇年三月ごろから引上げてマツダ工業に渡さず、営業の足を奪つたことによる。

梶本機械のマツダ工業に対する債権は現在なお約四二〇〇万円が回収不能の状況にあり、マツダ工業を繁栄させてこそ回収の途もあるが倒産させて得るところは何もなく、計画的に倒産させるようなことは経営者としては考えられないことである。

4  同6項のうち、原告主張の株主総会が総会という形式で行われていないこと、原告主張の各登記がされていることは認めるが、その余は否認する。

マツダ工業は当初から創立総会を株主総会も開いたことがなく、正式な取締役会も開いたことがない。会社業務も松田が独断専行し法的手続を全て松田の知り合いの北代税理士が行つていた。

ところで松田は昭和四九年一二月になつても株主総会を開かず、決算も出さないので、被告が株主の一人として松田にその準備をするよう忠告したところ、一二月末になつて決算書ができ上り、約三一〇〇万円の赤字を出すに至つていたので、昭和五〇年一月一三日松田と会談し、放漫経営をやめるよう忠告したにもかかわらず多額のお歳暮代等を浪費していることを指摘し、現在の状態では梶本機械として援助を続けることはできない旨通告し、松田が社長をやめるか、梶本機械が手を引くかについて話し合つたところ、松田が取締役を辞任する旨申し出た。そして松田は翌日以後マツダ工業に出社しなくなつた。

そこで被告は他の株主らと相談の上、取締役水高に大島を推薦し、水高は北代税理士に法的手続を任せた。また、取締役渡辺秀一から、取締役を辞任したのにその旨の登記がされていないとの申出があつたので、急遽三谷を推薦したものである。

被告の辞任と水高の取締役選任についても株主総会は開かれず、法的手続はすべて北代税理士に委ねられており、被告もこのことは承知していたが、小企業では了解の下に手続が省略されることがしばしばあることを経験していたので、特に問題としていなかつたものである。

以上のとおり、被告には倒産に至る経緯において何ら不法行為は存在しない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  証人内田裕勝の証言とこれによつて成立を認め得る甲第四、五号証、第七ないし第一二号証によれば、原告カローラはマツダ工業に対し一九三万七〇七二円の損害金債権を有していることが認められ、また証人前田稔の証言とこれによつて成立を認め得る甲第六号証、第一三、一四号証によれば、原告オートはマツダ工業に対し六三万四三二六円の損害金債権を有していることが認められる。

そして右マツダ工業が昭和五〇年七月に倒産したことは当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第一ないし第三号証、原本の存在と成立に争いのない乙第一、二号証、第六号証、被告本人尋問の結果とこれによつて成立を認め得る乙第三号証、第八号証、証人大島直義、水高篤志の各証言及び証人松田税の証言の一部を総合すれば、マツダ工業の設立から倒産に至る経過とその間の被告の行動は次のとおりであるものと認められる。

1  マツダ工業は昭和四九年二月八日に、各種洗車機械の製作並びに販売、各種自動車関連機器の製作並びに販売等の事業を営むことを目的として設立された。

設立に際して発行された株式の総数は額面株式一万株であり、一株の発行価額は五〇〇円であつた。発起人及び発起人が設立に際して引き受けた株式数は、松田が三〇〇〇株、梶本機械(その代表取締役が被告である。)が二四〇〇株、渡辺秀一(被告の友人)が一八〇〇株、佐藤誠一(被告の友人)が六〇〇株、服部博行(右渡辺の弟)が二〇〇株、佐藤芳明、五十嵐修、高橋睦雄、吉野達雄が各四〇〇株であつた。そのほか松田の知り合いの税理士北代元信が四〇〇株の株主となつた。右住藤芳明以下の五名は名義だけの発起人ないし株主であつて、現実にはこの分は松田が出資したものであつた。

そして松田が代表取締役、被告、渡辺秀一、服部博行、高橋睦雄が取締役、佐藤誠一が監査役に就任した。被告は非常勤の取締役であるが取締役会長とされた。

マツダ工業の本店は東京都港区新橋に置かれた。なお梶本機械の本店は静岡県清水市にある。

前記松田は昭和四二、三年ごろから洗車機械(自動車のゴムマツトを洗う機械)の販売の業務に従事しており、各石油メーカーのガソリンスタンドにこれを販売していた。マツダ工業は、松田が洗車機械の販売には実績があるのでその販売を担当し、梶本機械がその製造を担当してマツダ工業に納入するとの構想の下に設立されたものである。

取締役である被告は静岡県清水市の梶本機械の代表取締役であつて清水市に居住し、その他の取締役も名目だけであつたので、マツダ工業の業務の執行はすべて松田が独断で専行し、取締役会は開催されたことがなかつた。

2  マツダ工業を設立する際に、その運転資金を梶本機械で全部負担するというような約束が成立していた訳ではなかつたが、松田はマツダ工業発足後一か月位の時期から、被告に対し、経営資金が不足しているのでこのままではマツダ工業は倒産してしまうとして資金の援助を申込んできたので、梶本機械はマツダ工業に対し、以後毎月約五〇〇万円以上の融資を続けた。

被告はマツダ工業を設立するに当たつて初めて友人の紹介で松田と知り合い、当初は同人を信頼していたが、設立後約一か月位のとき資金の借入を依頼に来た際に、販売用のパンフレツトを五〇〇万円(資本金と同一額)分作成したとの話を聞き、同人の経営能力、感覚に危惧を抱くようになつた。

そこで被告は松田に対し、経費の節減、業務の適切な管理をするように忠告したが、更に数か月後、松田は被告のもとを訪れ、松田がマツダ工業設立前に設立準備をしていたイースタン販売の債務の支払のためにマツダ工業振出の手形を交付したが、その資金がないので融資してもらいたいと申入れた。

被告はやむなく融資に応ずることにしたが、このような手形の振出は背任行為であり、重大な問題であるとして松田を追及し、ずさんな経営態度に対し忠告を与えた。

そして、マツダ工業発足後三、四か月のころ、松田の乱脈な手形の振出等を多少なりとも防止するために、被告は松田からマツダ工業の代表者印を取り上げ、これを梶本機械の経理係に保管させ、毎月振出す手形を持参させてその内容を説明させ、これに代表者印を押捺してやるという措置をとることにした。手形の振出自体は既に発生した債務の支払のためであるから拒否できなかつたが、このような措置によつて支払の内容について結果的にチエツクして注意を与えることは可能であつた。

その他被告はマツダ工業の経理に関し交際費を含めた経費の支出が多過ぎると判断した。また、梶本機械に対して毎月の月末に集中して洗車機械を注文し、実際には売却されていないのにこれをガソリンスタンドに置いてきて売上と称し、この架空の売上に見合う融資を要求するなどの事実もあつた。被告はこれらの事実についても松田に対し警告を与えた。

3  以上のとおり、被告は松田に対し常に忠告を怠らなかつたが、遠隔地に居住する非常勤取締役ではあり、松田の放漫な経営をチエツクするには限界があるので、マツダ工業の経営を安定させるために経営管理の能力のある者を常勤取締役に就任させるのが良いと考え、これを松田に提案したところ、同人からも積極的な要望があつたので、梶本機械の社員である水高篤志を昭和四九年一〇月からマツダ工業の取締役として被告の代りに出向させることにした。そして被告は同年一〇月三一日付でマツダ工業の取締役を辞任し、その旨の登記は昭和五〇年一月七日にされた。

4  しかし水高が取締役に就任した効果はなく、松田は依然として多額の接待費等を使い、資金不足を無視して一二月にはお歳暮に多額の費用を投じ、経費を節減しようとする努力はしなかつた。

昭和四九年一二月二五日ごろにマツダ工業の第一期(昭和四九年二月八日から同年一〇月三一日まで)の決算報告書ができ上つたが、それによれば、売上高が三五〇八万円余、売上原価が二八二〇万円余、販売費及び一般管理費が合計三六四五万円余(うち交際接待費が約二七〇万円、広告宣伝費が約五五七万円、旅費交通費が約二三三万円、印刷費が約六二九万円である。)、営業損失が二九五七万円余であつて、営業外損失を併せると当期純損失は三一一三万九八六九円の多額にのぼることが判明した。

なおこの時点におけるマツダ工業の梶本機械に対する買掛金は二一三〇万円、同社からの借入金は三一八〇万円であつた。

被告は右決算報告書を見て驚き、昭和五〇年一月一三日松田を呼び、その経営がずさんであり、経営能力のないことを指摘し、マツダ工業を継続するためには松田が代表取締役を辞任するほかはなく、辞任を承諾しないならば梶本機械は以後取引を打切ると申渡した。松田は同日付で辞任をし、以後マツダ工業に出社しなくなつた。

5  被告は松田の後任として、清水市在住の取締役渡辺秀一、監査役佐藤誠一らと相談した上で、知人に紹介された経営コンサルタントの大島直義を推薦した。

大島は昭和五〇年二月から代表取締役としての業務に従事し、水高と協力して諸経費を節減しつつ営業担当の従業員を督励して洗車機械の販売台数を増やすことに努力しようとした。

ところが、松田は中央区銀座にマツダ工業銀座事務所なる名称の営業所を開設して洗車機械の販売業務を始め、三月初旬にはマツダ工業の従業員一名を引抜き、他の従業員にもいずれ自分がマツダ工業に復帰するというような働きかけをしたので、マツダ工業の営業成績は上らなかつた。また松田は以前からマツダ工業が賃借している自動車を個人的に使用していたが、大島がその返還を請求したところこれを拒否する態度に出た。

そして、三月中旬、松田は大島が取締役に就任する際に正式に株主総会が開かれていない点をとらえて、依然として自分が代表取締役であり、大島は取締役ではないという趣旨の書面を送付してきた。三月二〇日に株主総会が開催されてこの問題が議論され、大島は自分の取締役の選任手続が無効であることを認めて取締役を辞任することとし、松田が復帰することになつた。

ところが松田はその後もマツダ工業に出社しないので、大島はやむを得ず四月一〇日から再びマツダ工業の代表取締役としての業務を執行することになつた。

6  右のように、株主のうち松田側と梶本機械側とが対立するような状態となつてマツダ工業の将来の経営方針が決定されず、また前記のような事情で営業成績を上げることもできないので、その後は大島は営業は続行しながらも売掛代金の回収に力を注ぐことにした。回収した売掛金はまず給料、家賃、ガソリン代、交通費、広告費、原告らに支払うべき自動車のリース代等に充て、残りは主として最も大口の債権者である梶本機械への返済に充当した。これは大口の債権者にはそれ相応の支払をしなければならないとの判断に基づくものである。

またマツダ工業がリース会社、ガソリンスタンド等に販売していた洗車機械について(マツダ工業が直接賃貸するというものはなかつた。)、一部の石油会社はマツダ工業を取引の相手とせず、梶本機械とならば取引に応ずるとの方針であつたので、やむなく梶本機械が売主となつて販売し、販売手数料をマツダ工業に入れるという形態にした。

結局マツダ工業は昭和五〇年六月末で全従業員を解雇し、同年七月三一日に不渡を出す事態に立至つた。その時点で大島から被告に対し援助の要請があつたが、梶本機械としてはこれ以上の援助はできないとしてこれを拒否した。倒産の時点で梶本機械のマツダ工業に対する売掛金、貸付金の合計額は四六四三万円余にのぼつていた。その大部分は現在なお回収されていない。

倒産後マツダ工業の什器備品等は梶本機械に渡された。これは大島が、これらのものはもはや不要になつたものであり、最も大口の債権者に引渡すのが妥当であろうと判断したからである。

以上の事実が認められ、右認定に反する甲第一七号証及び証人松田税の証言中右認定に反する部分はいずれも措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  ところで株式会社の取締役は、会社に対し、代表取締役が行う業務執行につき、これを監視し、必要があれば、取締役会をみずから招集し、あるいは招集することを求め、取締役会を通じてその業務執行が適正に行われるようにする職責がある。

もつとも一般的にはこのようにいい得るとしても、取締役の職責はすべての場合に一律なのではなく、具体的事情に応じて異なるものであつて、これを一概にいうことはできない。

マツダ工業の倒産の原因は、前記認定の事実により、代表取締役の放漫かつ乱脈な経営に尽きることは明らかであるが(証人松田税は梶本機械の製作した機械が不良であつたことが原因であるかのように述べているが、前記認定の事実に照らし、採用することができない。)、被告はマツダ工業に洗車機械を納入し、松田に次ぐ出資をしている梶本機械の代表取締役として、名目的、形式的にマツダ工業の取締役に就任したものであつて、清水市に居住して梶本機械の業務執行に従事している者であり、取締役会を通じてマツダ工業の業務執行に関する意思決定に参加することはそもそも事実上不可能であるし、代表取締役の業務執行を監視するについてもおのずから制約かある。そして、いやしくも取締役に就任した以上、このような事実上の制約はその責任を免れる理由にはならないとするのは実情に副わないものである。

前記認定の事実によれば、被告は名目的、形式的な取締役であつたにもかかわらず、なお可能な限り代表取締役松田の放漫経営の防止、是正に努めたというべきであつて、その職務を行うについて重大な過失があつたとは到底認められない。取締役会を招集しなかつたことをもつて過失があるとすることはできない。

四  原告らは、洗車機械の売主がマツダ工業から梶本機械に変更されたことなどを根拠に、被告はマツダ工業を計画的に倒産させたものであると主張する。

しかし、大島らが洗車機械の売主を変更し、回収したマツダ工業の売掛金を梶本機械への支払に充当した等の事情は前記認定のとおりであつて、いずれも違法な行為であるとは認められない。

梶本機械はマツダ工業に対し約五〇〇〇万円にものぼる債権を有していたのであつて、被告がそのようなマツダ工業の倒産を意図するとは到底考えられない。

被告には取締役としての職務を行うにつき悪意があつたとは認め難いし、不法行為責任があるともいい難い。

五  よつて原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 矢崎秀一)

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